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第46回 zen café 坐禅会(オンライン配信)





【オンライン坐禅会(第46回定例坐禅会) & オンライン茶話会】←坐禅会と茶話会の同日開催です☆

8/28(土)20:00〜21:3Cのライブ配信にて。

▼zen caféのインスタグラム

https://www.instagram.com/zencafe_shinshu

▼シンゲンさんのYouTubeチャンネル





2021年8月28日 オンライン配信 定例坐禅会 担当:zen café 茶頭 Tokushin



第46回 zen café 喫茶夜咄


 「た・べ・る」




1、いざ進めやキッチン!



いざ進めやキッチン

めざすはジャガイモ

ゆでたら皮をむいて

グニグニとつぶせ


さあ勇気を出し

みじん切りだ包丁

タマネギ目にしみても 涙こらえて


~作詞:森雪之丞 歌唱:YUKA【お料理行進曲】より~


 

 過日、日本列島はとんでもない大雨に見舞われました。皆様のお住まいの地域は大丈夫でしたでしょうか?私の近隣でも、あちこちの沢から水があふれ、一時通行止めや、橋脚の点検がなされた箇所がいくつもありましたが、なんとか変わらずやっております。甚大な被害がでてしまった地域の1日も早い復興をこころより祈っております。



 さて、相変わらずのJ-POP歌詞を紹介しての小咄・夜咄でございます。ここに挙げましたのは、YUKAさんの1992年発売のシングル曲「お料理行進曲」という曲の一節です。作詞は有名作詞家の森雪之丞さんによるものです。……というより、アニメ「キテレツ大百科」のオープニング曲といった方がピンとくる方が多いのではないでしょうか😃ちなみにヒロインの名前は「みよこ」さんです😋笑



 アニメの内容は、主人公であるキテレツが作った発明品が中心となって起こるドタバタ珍騒動的なストーリーでして、アニメ放映当時からTokushin和尚も、「なんで発明品がメインのアニメのテーマ曲が、お料理の歌なんだろう??」と首をひねっておりました笑 蛇足ですが、「キテレツ大百科」の曲と言えば、「はじめてのチュウ」も有名ですよね☆ やはり発明品とキスもあまり関係が無く、、、笑 今思えば、こうした前衛的なテーマ曲の選択も含めて「発明」アニメだったのかも知れませんね😃


 というわけで、今回は「お料理行進曲」をBGMにしながら、「た・べ・る」をテーマに夜咄を進めていきたいと思います🌞


 



 

2、禅+食=感謝



 食事は、厨房前の韋駄天さま前の机に並べられます。

 韋駄天さまは、これから食事が運ばれる僧堂を向いています。典座は調理用の白衣から、正式な法衣姿に着替え、韋駄天さまを背にして、自分が今作り上げた食事に向かい、香を焚いて、最高の礼である九回のお拝を行います。食事を配膳給仕する修行僧も、典座と同じように九回立礼を行じます。これが「僧食九拜」で、食事に対する感謝と敬いの念を表します。また、足の速いことで知られる韋駄天さまが、食事を僧堂に運んでくれるという意味もあると言われます。この儀式を行ってから、はじめて食事が運び出されます。


~大本山永平寺・監修【永平寺の精進料理 七六〇年受け継がれた健康の智慧をを家庭でいただく】より~



 大本山永平寺・監修「永平寺の精進料理 七六〇年受け継がれた健康の智慧を家庭でいただく」より、永平寺にて、できあがった食事を提供する前の儀式について述べた箇所をご紹介致します。


 まず、修行僧の頂戴する食事はいわゆる精進料理であり、それも、参拝にいらっしゃったお客様にお出しするようなきらびやかなお膳では無く、一汁一菜や一汁二菜の質素な食事です。修行僧の中にも、味が薄いだの、マクドナルドが食べたいだの、軽口を叩く者もおりますが笑、本山で出されます食事は基本的には全て、典座寮(てんぞりょう)という厨房部署に配役された修行僧が作っております。とにかく忙しく、全山の三度の食事を作ることで1日が終わってしまい、法堂での法要などにも、なかなか参加することが叶わない。そういった部署でもあります。


 そんな忙しい典座寮では、他の部署より、早起きをして、数百人分の食事を三度三度心を込めて丁寧に作ることだけでも尊いのですが、作ったその食事を提供する前に、上記に紹介したような「僧食九拜」を致しております。全ては感謝の思いからの儀式でございますが、そこまでするのかとびっくりされる方もいらっしゃいます。


 また、提供された食事を頂く修行僧も、様々なお作法に則って、食事を頂きます。修行僧として本山に上山した当初は、そのお作法の細かさから「食事の時間が一番ツラい」とこぼす修行僧も少なくありません。人間は食事を取らなければ亡くなってしまいますから、食を避けるということはできないものの、その一方で、食は「食欲」という「欲」に直結する行為でもあります、だからこそ、他の事に比べて食事のお作法や決まり事は何倍も多いのではないかと、Tokushin和尚は考えております。


 せっかくの機会ですので、そんな数多いお食事のお作法の中から、お唱えごとをひとつ紹介しようと思います😃

 


 《五観の偈》 


一つには 功の多少を計り、彼の来処を量る

(この食事が作られるまでにかけられた多くの手間と労力を考えてみよう)


二つには 己が徳行の全欠と忖って供に応ず

(自分はこの食事を食べるに値する正しい行いをしているだろうか)


三つには 心を防ぎ過を離るることは貪等を宗とす

(むさぼり、いかり、おろかさ等の欲のおもむくままに食べることがないように自らをいましめよう)


四つには 正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為なり

(この身が痩せ衰えるのを防ぐための薬としてありがたくいただきましょう)


五つには 成道の為の故に今この食を受く

(仏道を成就するという願いのために、この尊い食事をいただきます)



 先ほど紹介致しました「僧食九拜」が食事を提供する側の感謝の儀式だとしますと、この「五観の偈」というお唱えは、食事を頂戴する側の感謝のお唱えとなります。また、ここに紹介致しました「五観の偈」の現代語訳は、「永平寺の精進料理 七六〇年受け継がれた健康の智慧をを家庭でいただく」に掲載の訳文でございます。とても易しくわかりやすい言葉で書かれておりましたので、引用させて頂きました。






3、「発酵食の精華 ~甘酒~」



 滋養とは「身体の栄養となること、また、その食べ物」のことだが、この意味にきわめてかなうのが発酵食品だ。 【中略】 米を蒸し、それに麹菌を繁殖させた「麹」は、元の米に比べると、驚くほど栄養成分が高まっている。そして、その麹に湯を加えて一夜置いてから飲む「甘酒」は麹成分の抽出液のような飲みもの。      

 【中略】 江戸時代後期の嘉永六年(1853)に『守貞漫稿』という書物が世に出た。喜田川守貞という絵師が、当時の庶民生活や街の物売りなどを漫画風な筆運びでスケッチし、その絵について簡単な説明を付したものである。その中の「甘酒売り」という項に「江戸京阪では夏になると甘酒売りが市中に出てくる。一杯四文也」とある。 【中略】 かつて私は、この部分を読んだとき「おや、おかしいなぁ。なぜ、暑い真夏に甘酒を飲むのだろう?冬の飲み物なのに……」と不思議に思った。古くは山上憶良の『貧窮問答歌』にしても、その後の冬を詠った歌にしても、甘酒は冬の季語として登場する飲み物で、つまり身体を温める飲料だったはず【中略】

 そこで『守貞漫稿』が書かれた天保のころの時代背景を調べてみると、面白いことがわかった。当時の平均寿命は約46歳。 【中略】 平均寿命が短いのは、乳幼児の死亡率が高かったこともあるが、それにしても短い人生だ。 【中略】 古い寺の墓碑を調べて、当時の人々が亡くなった季節を調べてみることにした。 【中略】 その結果、当時は夏の7月8月9月に亡くなる者が、きわだって多いことがわかった。つまり、冬の寒さなら火の近くにいれば凌げるが、夏の暑さには耐えられないということ。江戸時代の質素な食生活では体力もそう強くはないし、下水道が完備していないので蚊も多く、夜中まで暑さと蚊に悩まされ、夏を越すのは楽ではなかったと思われる。こうして夏場には体力が落ち、老人や病弱者が暑さに勝てずに、数多く亡くなっていったのだろう。

 そのような時期の甘酒の一杯は、体力回復に即効性があったのだと私は考えるにいたった。 【中略】 分析してみるとブドウ糖がきわめて多量で、軽く20%を超すのである。

 また、米のタンパク質も、それを分解する麹菌の酵素によって必須アミノ酸群に変えられ、これも豊富に含まれていることがわかった。

 さらに特筆すべきは、ビタミン類である。麹菌が米の表面で繁殖するとき、ビタミンB1・B2・B6・パントテン酸・ビオチンなど、生理作用に重要不可欠なビタミン群をつくり、これを米麹に蓄積させるために、きわめて多く含まれていることがわかった。

 【中略】 今日、私たちが病院に入院し、経口で摂食できないとなると、点滴をされる。栄養補給のために腕の血管から、ブドウ糖液、必須アミノ酸類、ビタミン類などの溶液が送り込まれるわけだ。しかし、考えてみれば、それは甘酒そのものなのだから驚嘆する。

 発酵を経た滋養食品の奇跡が、江戸の昔の生活のこんなところに見られるのである。


~小泉武夫著【日本人の知恵と工夫を再発見 江戸の健康食】より~

 


 東京農業大学名誉教授 小泉武夫(コイズミタケオ)さんの著書「日本人の知恵と工夫を再発見 江戸の健康食」より一部を紹介致します。小泉教授の専攻は醸造学・発酵学・食文化論でして、本書の第一章も「発酵食の精華」と銘打ち、江戸期に盛んであった発酵食を10品紹介されてます。この第一章の中でもいの一番に紹介されているのが「甘酒」です。一時期、「甘酒は飲む点滴だ」というフレーズが流行りましたが、その辺りの経緯や具体的な栄養素に関しても本章にて触れられております。兵庫県出身の私の母が口にする長野県の不思議の1つに、「雪国なのに、玄関が広く天井が高い家が多くて、家の作りが防寒対策になっておらず、涼しい作りになっている」というものがあります。ひょっとすると、長野県の家は、海が無く、米も取れにくい土地柄で、人々の栄養状態が良くなく、夏の暑さに負けてしまう人が多く、冬の寒さ対策よりも、夏の暑さ対策に重きをおいた家づくりがなされてきたのかもしれませんね。現在のぶり返してきた猛暑にバテ気味の方がいらっしゃいましたら、甘酒いかがでしょうか?😃






4、「人間という『管』を食でととのえていく」



 食を変えることで、世界が変わります。

 ヒタスラというのは管になることではないかとイメージする時があります。

 道元禅師はひたすら坐禅をすることを「只管打坐」と書きました。これを「ただ管となって坐る」と読み替えてみたら面白いのではないでしょうか。これは私の勝手な想像ですが、人間を「考える管」ととらえ、食で管を調えれば皆元気に仲良く暮らせそうです。

 三木成夫さんという20世紀の生物学者は人間が受精卵から細胞分裂を繰り返して発生する過程を研究しました。その研究によると受精した卵子から一番最初にできるのは後に「管」となり内臓となる原口(げんこう)なのだそうです。人間活動の中心だと思っていた手脚、眼や脳などの器官はいわゆる「後付け」の機能と聞き、面白いなと感じました。 【中略】 管であるという視点から世界を眺めると、やるべきことがはっきり定まってきます。

 それまでは身体は自分が全てコントロールしていると思っていましたが、じっと静かに食に向き合っていると考えが変わってきます。心臓、血管、食道、胃腸、肛門……実際にはそれぞれが意志のおよばない動きをしていて、せっせとそこに入ってくる何かを受け入れ、送り出しているのです。

 今まで人生の中心だったはずの私の意志は、その大きな動きに比べるとほとんど何もしていないも同然の非常に微々たるもの。それどころか心配事があると眉間にシワをよせ、顎をカタくし、肩をすぼめ背中に力を入れることに一生懸命です。ゆだねることを拒み、呼吸や血液の、消化物の流れをよどませ、管の邪魔ばかりしている姿はだだっ子のようです。 【中略】 食の作法を通じて自分がナマコと同じような管であることを実際に体感すると、個々人の能力の違いはミドリムシかゼニゴケかの違いのようなものと思えてきます。

 今までは何かミスをしてもどうしても謝ることができなかったのが、ありのままを受け容れながら素直に謝ることができるようになってきました。その理由は「できないものはできない、そのことで自分の存在価値をすべて否定されたわけではない」と、表面的な能力の差に怯えなくてもよいと思えるようになったからです。 【中略】 管を調えると身体も心も元気になります。すると普段の行動が変わり、心に変化が現れます。そこをきちんとしていると道を間違えようがないのです。それほど管を調える人のまわりは理屈抜きに澄んで心地がいいのです。


~星覚著【お坊さんにまなぶ こころが整う食の作法】より~



 星覚さんという曹洞宗の若手のお坊さんの著書「お坊さんにまなぶ こころが整う食の作法」という本より一節をご紹介です。Tokushin和尚も実際に15年ほど前にお会いしたことがあるお坊さんです。…と言いましても、お坊さんの活動で出会ったというのではなく、何回か共通の知人を交えて一緒にバスケをしたという関係です笑 当時から、人とは違った発想をお持ちで、類い希なる推進力とともにズンズン突き進む方。という印象でした😃


 星覚さんの発想では、自分は「管」😄 そして周りのみんなも「管」😃 生物学的にも最初にできる器官は原口という「管」。そして、以前にTokushin和尚がいくつかの本より紹介をさせて頂きました、自律神経を調えるのも腸という「管」ですし、ここさえ健康ならば全身健康になると言われているのも腸という「管」。全身を駆け巡り、栄養や酸素を供給しているのも血管という「管」なんですよね。坐禅中にふと感じる、あたまの中が空っぽに感じるあの瞬間。あの時、一瞬だけ、中身が空っぽの「管」になれてるのかもしれませんね🌞






5、揚げればコロッケだーよ♪



炒めよう ミンチ 塩・コショウで

混ぜたなら ポテト 丸く握れ


小麦粉・卵に

パン粉をまぶして

揚げればコロッケだよ キャベツはどうした?


作詞:森雪之丞 歌唱:YUKA【お料理行進曲】より

 



 

 とある料理研究家の方いわく、お料理行進曲の歌詞の通りに作れば、ちゃんと美味しいコロッケができます。とのことでした😋笑 ある意味で頭を空っぽにしてても、この歌を口ずさめば美味しいコロッケができそうですよね😄


 というわけで、「た・べ・る」をテーマに、お料理行進曲から始まり、永平寺での「食」への携わり方・心構え、江戸時代の「食」であり、「滋養」でもあった甘酒、そして口から入ったそれらが通っていくのは「管」、また「管」が調えば心も体も調うというお話をさせて頂き、再びコロッケへ戻って参りました笑 


 そう言われてみれば、本山で坐禅を修する時間って、起床直後と、就寝前なので、基本的に満腹を避けた時間なんですよね。(本山の夕飯は4時前に済んでますので笑)「管」が詰まっていない時間帯。そんなところにも先人の知恵や工夫が醸し出されますし、同時に現代人の思想からみても、齟齬は無いという、時代を超えた矛盾無きクロスオーバーに感服です。


 ともあれ、これより皆様が、お食事の作り手となった際には、食べる方に美味しく食べてもらえるような心配りとともにお食事を給じて差し上げて下さい😄

 

 食事を頂く側になった際には、ことさらに美味しさばかりを求めるのではなく、作り手への感謝の気持ちを持って、出して頂いたお食事を召し上がって下さい😃


 そして、摂取した食べ物を消化して、命を維持するエネルギーに変えてくれる、栄養素を身体の隅々まで運んでくれる、私の「管」に感謝☆  合掌




蛇足:コロナ前のzen caféでは、本物のcafé「ちょこんと」さんとコラボしたり、南インド料理「ナマステ」さんとコラボしての「坐禅×精進カレー」や、「坐禅×ミルク粥」などの「食」と関わるコラボを企画しまして、ご好評をいただいておりました。また、コロナ問題が落ち着きましたら、「坐禅×食」のコラボを企画していきたいと思っております😃


 

蛇足の蛇足:ちなみに、現内閣総理大臣の菅義偉さんの「スガ」の字は「くさかんむり」です☆本日のお咄でたくさん出てきました「クダ」は「タケカンムリ」です。ややこしいですがお間違えなきよう😄笑笑





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文責:Tokushin



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